父、三木谷良一の戦後体験

今週は39ページから57ページまで読みました。

今回は三木谷さんの父である良一さんのお話でした。良一さんが生まれ育った時期は日本が戦争の泥沼に落ち込んでいった時期とぴったり重なっています。

戦時中に育ち、終戦後アメリカ軍がやってきました。良一さんの最初の世界との出会いは占領軍のアメリカ兵でした。鬼畜米英と教えられて育ったがフランクで人懐こいアメリカ兵とアメリカ軍の豊かさは良一さんの心に強烈な印象を残したようです。

ある時、黒人の米兵が良一さんの家を訪ねてきました。目的は水をくれということでしたが言葉が理解できず、意思疎通のできないことを良一さんはとてももどかしく思ったようです。そこで英語を勉強しないとダメだ、と感じたみたいです。

自分の幼い時期を苦しめた戦争の相手と触れ合いこのように感じるなんて前向きだし、良一さんの考え方はすごいと思います。

良一さんは浩史さんとは違い幼いころから賢く、勉強もいつも一番でした。しかし母からは学校にもいってなかったお前のお父さんの方がもっと勉強できた、といつも言われて育ったそうです。これは良一さんが上がらないための戒めとして言っていたらしいのですが、良い育て方をしているなと思いました。

このように育った良一さんは学問の道に進み、浩史さんに普通は子供にはしないようなさまざまな話をしました。

小さい子供が大人に聞くようななんで?どうして?なぜ?と言った問いかけを浩史さんにしていたようです。この問いに解はなく、考えること自体が大切だと思えました。

良一さんは経済学者というよりは哲学者や思想家といった考えの持ち主だったみたいですね。

浩史さんの考え方の根底に流れている「そもそも論」は父の良一さんがアメリカで体得し、その父から受け継いだものであるようです。

このように良一さんは浩史さんが成績が悪くても叱るという教育ではなく、対話という方法を選びました。その常に対話をすると姿勢は楽天でも行っているみたいです。もちろん英語でですが。